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東京都江東区には歯の神さまがいる!日本人が歯を大切にしてきた歴史をひもときます

2017年09月10日 (日)
「歯神様」という言葉を聞いたことはありますでしょうか。江東区の日蓮宗の名刹・浄心寺の塔頭・圓隆院は約350年の歴史を有し、古くから歯磨きや歯ブラシの神様・歯神様を祭っています。
歯神様は大切に祭られていて、人々が今も昔も歯磨きを重要と考えてきたことが分かります。歯神様と圓隆院を紹介するのともに、歯ブラシや歯磨きの歴史をひも解き、現在の最先端の歯ブラシなどを紹介します。
人々はどのように歯ブラシを使い、歯磨きをしてきて、現在の最先端の歯ブラシはどのように虫歯の予防に役立っているのか、詳しく見ていきましょう。

江東区の圓隆院に祭られている、珍しい歯磨きや歯ブラシの神様・歯神様

江東区の圓隆院に祭られている、珍しい歯磨きや歯ブラシの神様・歯神様
■歯神様を祭る圓隆院がある、江東区清住白河町駅の界隈は散策スポット

江東区は東京都の東側に位置し東京湾に面し、ベイエリアや深川八幡宮、深川不動尊、亀戸天神社など、古い寺社の見どころが多くあります。
歯神様が祭られている圓隆院がある、江東区地下鉄・清澄白河駅の界隈は古い寺社が多く東京でも有数の寺町です。
近辺には、江戸時代の三大改革のひとつ、「寛政の改革」を行った松平定信の墓(国史跡)がある霊巖寺をはじめとした、多くの由緒正しい寺社があります。近くには三井財閥の庭園だった清住庭園(都名勝)や、江戸の長屋を再現した深川江戸資料館もあり、ゆっくり散策したいエリアです。

■江東区の圓隆院は日蓮宗の名刹・浄心寺の塔頭として約350年の歴史を有します

圓隆院は、江東区の日蓮宗の名刹・浄心寺の塔頭です。浄心寺は万治元(1658)年の創建で、江戸十大祖師のひとつにも数えられています。
江戸時代には、甲斐国(山梨県)の日蓮宗総本山・久遠寺の出開帳があり、そのことでも知られています。圓隆院は寛文8(1668)年に亡くなった、圓隆院日運上人を開祖とし創建したため、その名前を取り圓隆院としました。
江戸の大火や関東大震災、第二次世界大戦の空襲で焼けましたが、信徒に支えられてその都度復興してきました。

■珍しい歯神様は小さな石のお地蔵様!独特の参拝の仕方があります

圓隆院は、最近では歯神様としても知られています。詳しい由緒は不明ですが、非常に古くから祭られていたのは確かです。
圓隆院に行くと赤い「歯神様」の幟がたくさん立っているので、すぐに分かります。山門を入り、本堂脇に祭られている、小さな石のお地蔵様が歯神様です。
小さな石のお地蔵様ですが、古くから虫歯など歯の病気にご利益があるとされ、参拝者が絶えません。歯神様には珍しい参拝の仕方があります。歯神様の足元に置かれた歯ブラシで歯神様の歯を磨き、日蓮宗らしく「南無妙法蓮華経」と唱えるのです。

■江東区圓隆院の歯神様以外の見どころとお土産

歯神様の祭られている圓隆院の本尊は、日蓮宗独特の南無妙法蓮華経の法号を中心に、左右に釈迦如来・多宝如来の二仏を配した、木造三宝本尊像です。江戸時代の作で、江東区の文化財に指定されています。
ちなみに、境内の墓地には相撲の高砂部屋の初代と2代の親方の墓があり、こちらも見逃せません。圓隆院は歯神様にちなんで、2種類の歯のお守りを販売しています。ひとつは財布などに入れる普通のお守りで、もうひとつはオブラートに経文が書いてある食べるタイプです。参拝の記念にぜひ購入したいものですね。

■全国各地にたくさん祭られ参拝されている歯神様

あまり知られていませんが、圓隆院だけでなく全国には多くの歯神様が祭られています。まだ庶民は医学的な治療が受けられなかった時代、病気の快癒は神頼みでした。そんな庶民の信仰として、江戸時代中期ごろから広まったのが歯神様です。
歯の神様としても信仰された、各地に残る白山神社をはじめ、全国に300以上祭られています。東京都の主なものだけでも10を越え、古くからいかに庶民は歯の病気に悩まされていたかが分かります。

歯磨きと歯ブラシの歴史と最先端の現在

歯磨きと歯ブラシの歴史と最先端の現在
■古代から様々に行われてきた歯磨きの歴史

歯磨きの歴史は古く、西洋ではすでに古代バビロニアの時代に、麻の繊維を使い歯の掃除をし、ギリシア時代には口をすすぎ、独自のマッサージも考案されていました。
東洋では、お釈迦様が仏典で、歯ブラシや楊枝の原点とも言える、歯木で歯の掃除をすることの大切さを説いています。日本の歯磨きのはじめもこの歯木で、宣化天皇3(538)年に仏教の伝来とともに伝ったと記録にあります。

■歯磨きの習慣は江戸時代に広まる!舌のケアもした江戸時代の歯ブラシの房楊枝

江戸時代以前は、歯の掃除は限られた層だけで行われていて、庶民はほぼ歯磨きをせず、良くてもお茶で口をすすいだり、塩を歯茎にこすりつけたりする程度でした。
江戸時代になると、房楊枝と呼ばれる歯ブラシが普及し、中期ごろに広まります。房楊枝は柳や灌木を原料とし、細く削ったうえで煮てやわらくしたものを、先端を叩き串の目状にしたものでした。
これは浮世絵にも描かれているため、かなり普及していたことが分かります。さらに、房楊枝を使って舌のケアをしていたのは驚きですね。歯ブラシの普及にともない、様々な歯磨き粉も考案されました。

■日本で毛の歯ブラシが普及するのは大正3(1914)年

明治維新後は、毛の歯ブラシが西洋から流入したもののあまり普及せず、改良を重ねた房楊枝は、歯ブラシとして歯磨きに広く使われていました。
しかし、歯の裏が掃除しにくいなど、様々な問題点もありました。そこで、大正3(1914)年に、小林富次郎商店(現ライオン社)が、「萬歳歯刷子」という毛の歯ブラシを販売し商品名とし、普及します。
また、歯磨き粉に関しては、明治21(1888)年に福原商店(現資生堂)が、練り歯磨きを販売しています。これをチューブ型の容器としたのも、小林富次郎商店が最初です。

■丸いタブレット型や先が極端に曲がった、虫歯を退治する最新の歯ブラシ

現在も歯ブラシは日々進化しています。最新というと、より確実に歯磨きができる電動式ですが、電動以外にも様々な最新タイプがあります。
毛が細く数も多く、細かい食べかすが取れてマッサージにもなるタイプや、ブラシが二つ付いていて一度に上下を磨けるタイプ。こぶがブラシの後ろについていて、裏側からの顔のマッサージなるタイプなど多くのすぐれものがあります。
変わったところでは、丸いタブレット型で、舌を使い3分ほど歯に着けて転がすだけで、タブレットに着いたポリマー樹脂の毛が歯磨きと舌のケアをしてくれるタイプ。極端に柄が曲がっていて、細かいところまで磨ける歯裏専用のタイプなどが、ひそかに人気です。

■マウスウォッシュやフロスも進化する

歯ブラシだけでなく、マウスウォッシュやフロスも進化しています。マウスウォッシュは、天然の成分で口腔内の汚れを取り、口臭をカットするタイプが人気。
フロスは、ワックスやフッ素加工したタイプや唾液で簿徴するタイプなどが最新で、より使いやすく改良されています。

まとめ

江東区の圓隆院では、歯神様と呼ばれるお地蔵様が長く信仰され、いま密かな人気を呼んでいます。
歯神様は日本各地にあり、人たちがいかに虫歯に悩まされてきたかが分かります。歯磨きや歯ブラシの歴史は古代にさかのぼり、日本では江戸時代に一般化します。
歴史をひも解くと、時代時代の歯磨きや口腔内のケアが見てきます。現在も歯ブラシやマウスウォッシュやフロスは進化を続け、虫歯予防や口腔内のケア、口臭の防止などが強化され続けているのです。

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